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  • 2017年1月23日(月)

[あおトピ]〝青森のATSUSHI〟FUMIYA 初のオリジナル曲で直球勝負

自身初のオリジナル曲を熱唱する〝青森のATSUSHI〟ことFUMIYA=2016年12月、青森市内
自身初のオリジナル曲を熱唱する〝青森のATSUSHI〟ことFUMIYA=2016年12月、青森市内
「歌で勇気や元気を届けたい」と語るFUMIYA=同
「歌で勇気や元気を届けたい」と語るFUMIYA=同

  金色のショートヘアに口ひげ、サングラスといえば、国内ダンス&ボーカルユニットの〝神〟的存在として君臨するEXILEのボーカリスト・ATSUSHIのトレードマークだが、そのルックスを大御所自ら「似ている」と認めたボーカリストが青森に存在する。この冬、初のオリジナル曲を発売したと聞き本人を直撃してみると、意外な過去とともに、EXILEファミリーとの因縁の結び付きが…。

 ATSUSHIのそっくりさんとは、FUMIYAこと金澤郁弥さん(30)。 昨年暮れ、青森市内で開かれたライブに行ってみた。すると、冒頭に挙げたATSUSHIそのもののルックスで登場。「待ってました~」の声が上がる。オリジナルの新曲「Forever Snow~終わらない雪」(作詞・曲=高杉圭之輔さん)では、ATSUSHIばりの甘い高音で客席を切ない雰囲気に包み込んだ。マジすごいかも。

 さらに本人にアタックしてみる。

 FUMIYAは、甲子園出場もある伝統校・青森北高野球部で最速145キロの速球を誇るエースだった。3年生で臨んだ2004年夏の県大会では、準決勝までの6試合を1人で投げ抜いた。甲子園行きを懸けた決勝では、県内屈指の強豪・青森山田高に敗れたものの、チームを県大会準優勝に導く原動力に。「仲間を信頼し、100パーセントの力で臨んだ大会だったので、ピンチも怖くなかった。さすがに閉会式が終わって一人になると、悔し涙が出ましたね」

 ここまで聞いて、自称・高校野球ウオッチャーの筆者も、遅ればせながら青北の快速右腕・金澤を思い出した。打たれても失点を重ねても、マウンド上で笑みを絶やさなかった。プロ野球スカウトも注目していたはず。たら・ればだが、甲子園に出場していたら今ごろ、どこかの球団で投げていたかもしれない。

 高校卒業後、地元にある大学の野球部に進んだが、思うようなピッチングができなくなった。自身の全てだった野球が疎ましくなり退部。大きな挫折の中で、喪失感を埋めてくれたのが歌だった。独学でボイストレーニングしながらカラオケ店に通う日々。気晴らしに出掛けた花見の席で、親友から「そんなに歌が好きならここで歌ってみろよ」と背中を押され、一曲また一曲。自分の歌で、どんどん人が集まり、周囲が盛り上がる一体感に胸が震えたという。

 歌を好きになったのには、ATSUSHIの存在も大きかった。特に、透明感のある声と、音楽に対するストイックな姿勢が。やがて、ATSUSHIスタイルでイベントに参加するようになり、テレビのバラエティー番組にも出演。これを見たATSUSHI本人から「似ている」のお墨付きをもらい感激した。

 EXILEファミリーとは不思議な縁を感じている。

 大学時代、遠征先のグラウンドで「俺のこと覚えていますか」と笑顔で近寄ってきた他校の選手がいた。高3の夏、準決勝で対戦した三沢高校で強肩強打の捕手として知られたエリオット・ロシャード・昂矢さんだった。その後、エリオットさんもまた大学途中で野球を離れた。得意のダンスを武器に芸能界入り。EXILEの弟分ユニット「三代目 J Soul Brothers」で華麗なダンスを披露するパフォーマーとして活躍している。そう、ELLYなのだった。

 ちなみに、高校時代のFUMIYAとELLYの対決では、「ELLYさんにポテンヒットを打たれた」という。懸命に一塁ベースへ突進する、若き日のELLY。その記憶が、10年後の大ヒット曲の有名な振り付け「ランニング〇〇」にもつながったのでは、なんて妄想も膨らむ。

 昨年夏には個人事務所「プロジェクト H」を立ち上げたFUMIYA。事務所名には「歌を通して人をハッピーに、ホットにしたい」という思いを込めた。「今の自分があるのは多くの人とのつながりがあるから。今度は自分が勇気を与えるラブソングを届けたい」

 「ところで、ATSUSHI本人と対面は?」。「それが、まだなんですよ」とサングラスを外して照れ笑い。高校球児の頃と変わりませんね。その笑顔。(蜜)

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