2003年12月18日(火) 東奥日報 特集

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■ 本当のノーサイドの笛を/花園初出場の大阪朝鮮高

 二十七日に開幕する全国高校ラグビー大会で、大阪朝鮮高級学校が「壁」を破り、新しい歴史を刻もうとしている。民族学校の出場は一九九四年に学校教育法上の「各種学校」に門戸が開かれて以来、初めてのことだ。

 ▽遠い“聖地”

 同じ東大阪市内にある同校から花園ラグビー場までは直線にして約2キロ。だが、金信男(キム・シンナム)監督にとって、九三年まで予選出場すら不可能だっただけに「(花園は)見えなかった」と、高校ラグビーの“聖地”はあまりにも遠い存在だった。

 金監督が八五年にラグビー部監督に就任してすぐに着手したことは、目標の定まらないチームの変革だった。練習相手を求めて近畿の強豪校などを直接訪ね、頭を下げて回った。ラフプレーの風評から敬遠されることもあったが、年間で約50−60校と対戦してきた。金監督は「公式戦に出られないフラストレーションを練習試合で吐き出した」と振り返る。

 全国大会で4度の優勝を誇る啓光学園高(大阪)は胸を貸してきた強豪校の1校だ。同校の記虎敏和監督は「(試合での)乱闘のうわさを聞いて、不安はあった。でも、金監督の情熱が変えると思っていた」という。試合をしてみると実に、スケールの大きなラグビー。乱闘などはなかったそうだ。「金監督の『練習試合の1戦1戦が公式戦』という言葉は心に残った。大会に出るのが当たり前と思っていたわれわれに、試合の大切さを気づかさせてくれる部分はあった」

 ▽熱い思い

 九〇年以降、全国の朝鮮学校の高体連加盟を求める動きが加速。加盟はできなかったが九四年から高校総体への参加は実現している。全国高体連の池田匡司事務局長は「高体連としてはすべての学校を平等の感覚で見ているので、出てくるところはすべて迎え入れる。同じ世代の子たちが同じ場で試合できればという考えで参加については門戸を開放してきた」と説明する。

 4度目の大阪の地区代表決定戦となった十一月十六日の近大付高との試合では、試合終了間際に劇的な逆転のペナルティーゴール(PG)が決まり、悲願の全国大会出場権を手中にした。

 かつて大会出場を求め署名活動を展開した金監督は「大阪の代表には在日も日本人も関係ない。僕らが全国大会に出ることで、在日と日本人の友人との壁は壊れると思う。それにノーサイドの精神は変わらないはずだ。いつか本当のノーサイドの笛が聞きたい」と語る。日本人拉致事件や核問題などで冷え込む日朝関係。さまざまな熱い思いとともに、フィフティーンは全国大会の初舞台に立つ。




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